前回の「バースデイ・ガール」に引き続き、村上春樹さんのアートブック、「ねむり」を読みました。

ドイツのイラストレーター、カット・メンシックさんの美しいイラストレーションと、1989年に初出の「眠り」を21年後に改稿した作品。今から約30年も前に生まれた村上春樹さんの名作です。

たまたま立ち寄った地元の図書館で発見し、嬉しくなって、そのまま一気読み。

村上さんの作品で未読のものは、ほとんどないので宝物を見つけたような気分になります。

本作は、ある日突然不眠に陥った主婦に起こる不思議な現象を描いたものです。17日も寝ていないのに、眠くならず体調も悪くない、とあり得ない状況に。思わず手に入れた自分の時間に、かつて好きだった本やブランデー、チョコレートなどを堪能する。

ネット上には、この作品についても、素晴らしい書評を載せている方がいます。どの記事も面白い仮説を立てていて、違った視点で物語を追求できて、楽しめました。それらを読んだあとで、私が書けるのは書評というより、小学生の読者感想文のようなものですが、記録として感想を書いてみます。

「ねむり」というのは不思議なもので、「夢」というのも、また不思議なものだ。

どちらが現実か、それも曖昧で今この瞬間が夢ではないと、果たして言い切れるものだろうか。主人公が陥る17日間の不眠、覚醒は何だったのだろう。彼女は不眠に苦しむ一方で、主婦になり、母になり、失われた自分の時間を取り戻す。この17日間は、むしろ覚めてほしくない夢だったのかもしれない。

「この毎日のルーティーンはいつまで続くのか」「何のために毎日、自分の役割をこなしているのか」大人になると、誰もが一度はこう思うのではないだろうか。主人公には歯科医の夫と、私立学校に通う小学生の息子がいる。生活に大きな不満はない。そう見える。ただ、他人からはそう見えても、人の心はそうシンプルではない。彼女は毎日のルーティーンをこなしつつ、どこか満たされず、現状の幸せすら劣化していく不安を抱えている。この17日間は、彼女の現実逃避なのかもしれない。

物語の最後に、眠れない彼女は深夜の公園に車を停めて、独りで過ごす。そこに現れた男たちが車を揺さぶる。恐ろしいクライマックスで、この先が気になるがストーリーは、ここで終わってしまう。読者の想像力が試される。あるいは読者の数だけ解釈があっていいということだ。これが何を示唆するのか、私には分からない。ただ、長い覚醒が終わり、現実の世界でも、彼女が幸せで安心して眠りにつけることを祈りたい。

余談だが、彼女が不思議な覚醒によって得た時間の過ごし方。ロシア文学にブランデー、ミルクチョコレートという組み合わせがいいと思った。ドストエフスキー作品では挫折したので、自分なら洋書でミステリー、赤ワイン、チョコレートはカカオ70%のダークチョコがいい。村上春樹さんの作品には、いつもおいしそうなものの描写があり、食欲をそそられる。また、クラシックもよく登場するが、聴いてみたくなり、作品と音楽をコラボで楽しみたくなる。

ちなみに、この記事を書いている現在、深夜の1時半だ。不眠症ではなく、昨夜12時間も眠ったせいで眠くないだけである。「ねむり」を読んだせいで、赤ワインとダークチョコの誘惑に負けそうになる。主人公が最後に「何かが間違っている」というキーワードを残すが、ブランデー、チョコレート、チーズトーストなどを食べながら夜更かししつつ、綺麗になっていく主人公こそ、間違っている!と思ってしまう。

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